共同ブログ

ひきこもりのことを扱った小説の別視点版

殴る

ひきこもりのことを扱った小説の別視点版も書いてもらいました。こちらも暴力描写があります。


『強制収容所・両親の視点』

 息子は中学生の頃、突然変わってしまった。
「あなた、もうこれ以上あの子を支えるのは無理よ」
「ああ、今夜こそはビシッと言ってやる」
 父親を先頭に階段をのぼり、かたく閉ざされた息子の部屋のドアへ向かう。息子は所謂引きこもり。学校へ行かせようとすると自殺未遂までしたのを見て、大切な我が子を失うかもしれないと外に出すのを諦めた。
 しかし息子はもう大人で、自分たちは年寄りだ。限界だった。
「あのなあ、お前いいかげんに引きこもりはやめなさい…私たちももうそんなに長くないんだぞ」
「うるせーっ!」
 部屋に入り、父親は説教をはじめる前に殴られた。母親の悲鳴が響く。転げた老体に容赦なく蹴りが入る。
 案の定の出来事だった。説教が目的でなく、昼間洗濯物を置きに部屋に入っただけでも息子は暴力を振るってくる。
 這うように両親は息子の部屋から逃げる。再び閉ざされたドア越しに「クソがっ、クソがっ、いったい誰のせいで……!」と怒声と暴れる音が響く。息子の部屋の壁は穴だらけだった。
 息子がどうしてこうなってしまったのか、両親は皆目見当もつかない。

 経済的だけではなく、肉体的にも精神的にも両親は限界だった。いつか息子に殺されるかもしれない。
 殴られた部分を冷やしながら慣れないインターネットで更生施設を検索する。見つけたホームページで表示された画像に写っていたのは、小奇麗な施設で体操をしながら朗らかに笑っているトレーナーと元引きこもりたち。三十万かかるようだが、両親は悪魔祓いでも頼むような気持ちで連絡した。
 後日、やってきたのは女性だったがレスラーのような体形をしていて、頼りがいがありそうだ。彼女は豪快に笑いながら言った。
「息子さんは甘えているだけです! 私に任せてください」
 そう、息子は甘えているだけ。両親はそう思考停止しながら、トレーナーとともに息子の部屋へ向かう。
「いつまで引きこもってんだっ!」
「なんなんだいったい…うわあ!」
 トレーナーがドアをぶち破るような勢いで開き、息子を殴りつけ、運動不足の体を楽々とビニール紐で拘束する。
「いい年して甘えんなっ! ご両親もさあ、指導してやってください! あなたたちも甘いから調子に乗るんですよこういうダメ人間は」
 そう、私たちが甘かったから息子はこうなってしまったんだ。
「そうですね、私たちが間違っていました。ほらお前、私たちがどれだけ苦労したか!」
 トレーナーに煽られるがままに、両親は身動きの取れない息子を殴った。泣いてもやめなかった。
 息子が中学生の頃に泣きながらいじめを受けていることを相談してきたこと、しかし子供のすることだとたいして取り合わなかったことを両親は忘れている。
「嫌だっ、嫌だっ、やめてくれー!」
 そのまま息子は無理やり外に引きずりだされ、施設の車に押し込められた。発進していく車を見送りながら、両親は安堵の溜め息をつく。
「これで安心ね」
「ああ、きっとあいつは真人間になって帰ってくる」
 両親は息子を殺して、安息を手に入れた。


2016年12月20日 火曜日 おいなり

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