共同ブログ

またまた、ひきこもり小説

扉

ひきこもりの小説を書いてもらった! 「十字 秋人」さんに書いてもらった! 暴力表現があります!


 扉が叩かれる度に、怖いくらいにひしゃげるのが視界の端に映った。
 自室の隅に蹲り、いつ扉が破られて”先生”が入ってくるのだろうと、私はビクビクと怯えながら横目に窺った。
 どうして、なんで、こんなことになってしまったのか。考えても、考えても、私の頭では上等な説明が思いつかない。こんなことなら、学校に行っていた方がマシだったな……なんて、今さらどうしようもない。

○ ● ○

 小学生の頃は、うまくやれていた。
 多くはないが、友達と呼べる人たちも周りにいたし、親しく話せるクラスメイトもいた。なにより、普段の自分のままでも仲良くできる人がいた。
 それが、中学に上がるのと同時に、私を囲う人たちの雰囲気が変質していった。

 ノリがよくなければならない。
 仲間内と同じものを好まなければならない。
 流行ものを知らなければならない。
 輪の中から外れてはならない。

 無言で、当たり前のように突き付けられる理解しがたいルールに、私はすぐに追いつけなくなっていった。
 もとから一人でいることも好きだったこともあり、どこのグループにも属さず、ふらふらとあっちへ行ったり、こっちへ帰ってみたり。初めはそれでよかった。
 けれど、周りの空気が少しずつ変化していったことに気が付いた。

 近くの席の子が、私の方を見なくなった。話す回数も少なくなり、最後には一日のうちに挨拶すら交わさない仲になった。
 話さなくはなったが、私の方をちらちら盗み見しながら、楽しそうに笑いあう子たちの姿が多く見られるようになった。そのくせ、私が近づくと、嫌そうに鼻にしわを刻んでその場を立ち去る。

 なんだか居心地が悪くて、私は学校を休みがちになった。
 幸い、両親も深く追求することはなく、私の思う通りの毎日を送ることができた。
 もとから優しい両親で、私が何かを自分でする前に、何でも先回りをしてくれる。

 が、それもだんだんと鬱陶しくなり、自分の時間が削られているような気持になり、何度も八つ当たりを繰り返した。その時の両親の寂し気な表情が、さらに癇に障り、酷い言葉を幾度も口にし、酷いときには手をあげたりもした。

 家族が集まるリビングに顔を出すのも面倒になり、何をするにも一人で、部屋にこもっているばかりになった。
 それが心配になったのだろう。それからというもの、両親が手を尽くして私をどうにか外に連れ出そうと試みるようになったのだ。
 犬を飼おうかと相談してみたり、買い物に行かないかと誘いに来たり、たまには家族が起きている間にリビングに来ないかと持ち掛けたり。そのどれもが、扉を挟んでの提案だった。

 そして今、その扉が壊されようとしている。

 長い間鍵をかけて、侵入を拒み続けた結果だ。
 扉が軋むたびに、私の心も同じようにギシギシと音を立てて揺れる。もう、壊れてしまいそうだ。
 力任せにドアノブを引っ張る外から、先生の大きな声が響く。

 「おーい! 出てこないか! いつまでこんな薄暗いところにいるつもりだ?」
 放っておいてほしい。
 どこにいようが、私の自由だ。誰に迷惑をかけているわけでもないのに、嫌だと言う私をこの部屋から引きずり出そうというのだろう。
 その間にも、無慈悲に扉は叩かれる。

 「鍵を開けるだけでいいんだ! 学校にも行けるようになるし、自分の足でいきたい場所にも行けるんだぞー!」

 「先生……あの、近所の目もありますので……」

 時折、母の弱々しい声が届く。

 滑稽な話だ。
 何をされても私の心が動かずにいることに痺れを切らし、更生施設のスクールに電話をして、この野蛮な人間を呼びつけたのが、当の彼女だというのに。

 大きな物音にも慣れてきてしまい、戸惑う母の声を聴いてニヤニヤと笑っていたときだった。恐れていたことが起きてしまった。
 鈍い、バキッという音がした。私は慌てて視線を上げると、蝶番にぶら下がるようにひしゃげた扉の向こうに、筋骨隆々の男と、目を丸くして部屋の中を覗く母と父がいた。
 私の城が踏み荒らされていく。
 我慢がならなくなり、今まで震えていた足にも無意識に力が入り、自分でも驚くくらいに力強く立ち上がって、扉の向こうに体当たりを仕掛けた。

 「こないで! はいらないでよ!!」

 肉の壁となる〝先生〟の胸板に阻まれ、私の力では到底太刀打ちできない。
 丸々とした腕に体を掴まれて、押し返しても、叩いてもびくともしない。母に掴みかかろうと手を伸ばすが、それすらも容易く無効化されてしまうのだ。

 「落ち着きなさい、ほら!」

 私の顔が見えたことが嬉しいのか、先生は気味の悪い笑みを浮かべて私をぐいぐいと自分の方へと引き寄せて、誇らしげに母と父に言う。

 「ほらね! お嬢さんだってこんなに元気になれるんです。いくら彼女が、ここにいたいと言っても、それを本気にとらえてはいけないんですよ!」

 何を言っているのだこいつは。
 怒りと元気の区別もつかないのだろうか。

 ぐうっと喉が鳴る。

 いくら騒いでも、いくら暴力に頼ろうとしても、どれもこれも蟻を指先で押すようにつぶされてしまう。誰も私の味方になってくれるような人はいない。目の前には肉ダルマ。その後ろには、自分の意見すら言えていないのではと思わせる母。隣には、眉間にシワを寄せる父。
 自分の娘を何だと思っているのだろうか。嫌だと言うのに、耳を傾けももらえないのか。
 無駄なことを考えていると、抵抗する力が弱まってしまっていたのか、私の体が宙に浮いた。重力に逆らい、軽々と太い腕に持ち上げられる。
 そうなっても、今の私は「もうどうにでもなれ」とすべてを投げ出した。

 「お嬢さんもわかったようですね。必ず、ワタシが彼女を更生させてみせますよ!」

 鼻息も荒く、両親に言う先生。
 言われるがままに、とまどいつつも「よろしくお願いします」と頭を下げる親。

 私は生まれ変わりたくなんかないのに。このままの私を愛してほしいのに。初めはみんなわかってくれていたのだと思っていたのに、結局は周りに溶け込まなければいけないのだろうか……自分を殺してまで。

 よいしょ、と先生が私を抱えなおす。両手足は力なく垂れ下がり、このあとどうなってしまうのかを考える。無理やり家から連れ出され、壊れた扉の修繕費はもらえるのだろうか。
 ぼんやりとそんなことを思いながら、自室を連れ出されていくときに、ちらりと視線を両親に送った。

 揃って、心配が滲みだした表情で私たち二人を見ている。

 その心配は誰に、何に向けられているのだろうか。
 扉の修繕費なら、相手の会社に請求しても構わないとは思うけれど。

 静かな家の中で、先生の大きく耳障りな声だけが響いていた。


2017年4月14日 金曜日 おいなり