共同ブログ

わかっちゃいるけどグズグズ。アラフィフ引きこもりがバイトしたくない理由

塞ぎこんでいる男性のイラストです。

読み書きがちょっと苦手。
なのに、なんにも才能ない、体力ない、コミュ障。
これじゃ社会で生きていけない、やりたいこともやれない、なんとかしたいと思い過ぎてこじらせた。
20年以上にわたり、寝込んだり、読み書きの練習をしたりする間に、ちょこちょこ働いてきたという感じ。
早いもので、48歳になってしまった。
今年の誕生日を迎えれば49歳になる。

さっさとガツンと働けばいいのに。
家族はそう思っているし、自分でもそう思うんだが、どうにも一歩を踏み出せないでいる。
なぜなのか、列記してみよう。

順番は関係ない。
そのときどきで、何が一番の気持ちになるか変わるんで。

 

①やりたいことに没頭したい

以前は、どれだけ時間を使ってでもいいから、速く読めるようになりたい、書きたいという気持ちだった。
いまは、せっかく楽に出来るようになってきたんだから、どんどん読みたい、書きたいという気持ちが強くなってきた。
どっちにしろ、バイトをしている時間がもったいなく感じてしょうがない。

単純な仕事でも、それなりに覚えなければならないことがある。
もうそれを想うだけで苦痛。

普段の僕は興味の対象が広く、わりあいやりたがりな所があるが、バイトに関しては180度違って消極的な気持ちにしかならない。
これではいけないと、ときどき駅などで配布されているアルバイト情報誌をもらってくるが、9割以上は一度もページをめくらずゴミにする。

この気持ちは、なかなか理解されないと思う。
以前ならまだしも、ある程度目標達成しているにもかかわらず、なぜと。
自分でも困っている。
この粘着気質が仕事に活かされれば都合がよいのだが、あいにくそうならない。
合理性よりも欲求が大きく勝ってしまっている。

どういう状態か例えるなら、転んだり打ったり擦りむいたり、痛い思いをしつつがんばった結果、やっと自転車に乗れるようになった子供と似ている。
乗れたからといってそれで終わりでもゴールでもない、そこからがスタート。
自由に乗り回せるようになると、自転車ほど手軽で便利で楽しい乗り物はないわけで。
いっぱい楽しみたいし、今までの分を取り返すべく乗りまくりたいのだ。
もう今すぐしたい、明日まで待てないってかんじ。

 

②不器用で、仕事で精一杯になってしまう

いやいや、そういうことは休日やアフターファイブにやれればよいのだ。
それが普通というか、当たり前じゃないか。
みんな、そうしてる……だよね。

でも、元来不器用で体力がない自分は、何をおいても仕事優先にしないともたず。
いくらやりたくても、やれる気力が残ってない。
少なくとも慣れるまでの半年、1年は我慢せねばならない。
これがどうも難しい。

つまり、バイトと読み書きはトレードオフの関係。
どちらかを優先すれば、どちらかが犠牲になる。
それで、だいたいの場合、読み書きのほうを優先してきた。

最近は、老いを感じるようになって、ますます半年、一年が耐え難く思われる。

いま僕が20代なら、人生において何一つ無駄なことはないと考えるのはありだ。
でも、48歳でもうそんなこと言ってられるのか。
43歳になった頃に急に白髪が出始めて、45歳になって老眼が始まった。
ずっと、5歳、10歳若く見られてきたので、それまであまり老いを意識することがなかったのだが。
元気にいつまでいられることやら。
このまま終わるのは無念だ。

 

③単純労働でプライドが許さない

自分がつけるような職は、いうちゃ~悪いが底辺労働しかない。
誰も自分のような、経験も技能もない50男を雇いたいとは思わないだろう。
キモイおっさん扱いだ。
労働市場における僕の価値はゼロに等しい。
最低時給で、決められたことを、もくもくとやるような軽作業にありつけるか、どうかのレベルだ。

それがどうにも億劫に感じる。
この後に及んで、この歳で、まだそんな幼稚な考えでいるとはアホとしか言いようがないのだが。

不本意ながら、生活のために、子供のために働いている人は幾らでもいる。
そういう人たちが、縁の下の力持ちになって社会を支えている。
なのに、、、ほんと、ちっちぇ~な、自分って思う。

とはいえ、結局は、受け入れて働かざるをえないので、嫌々ながらもいつも何か自分を納得させるような理由を見つけてきた。
ただ、そこまで辿り着くのがしんどいんだよな。

 

④職場の人間関係が怖い

これまで何度か職場の人間関係に悩んできた。
僕は、どうもいじめのターゲットにされやすく、ストレスに弱いのだろう。
正直、職場が怖い。
もう、あんな思いは二度としたくない。

辞めるときはホッとするが、それで一件落着とはいかない。
長い失意の日々が待っている。
最初は2週間たったら職探しを始めようと思っていても、1か月に延び、2か月に延び、そうこうしているうちに給料が底をつき、そうなると一刻も早く働かなくっちゃという重圧で逆に動けなくなってしまう。
そうやって、1年、2年がたってしまうのだ。

これでは、いったい何のために働くのやら分からない。
どんな仕事もしんどいだろうが、しんどいところがあるというのが通常であって、耐えられずに寝込んでしまうほどしんどいのはおかしい。

いや、そういう目に遭ってばかりというわけじゃない。
日雇いを含め、せいぜい四つとか五つとか、そんなもんだ。
確率的には半分以下だ。
でも、それがどうにもこうにも辛くて、いまだに思い出して怖くなったり、怒りを覚えたりする。
今度、そういう風にならずに済むには、どうすればいいんだろうと漠然とした不安が付きまとう。

最近、自分よりずっと年下の先輩や上司に顎で使われたり、デカい態度で責められるのは我慢ならんと強く思うようになった。
自分が歳をとったからなんだろうな。

①~⑤の中で、これだけは僕自身が変われてもどうにもならないかもしれない。
職場の人間関係で病む人は、引きこもり、ニートに限らず、いまどきの社会問題だ。

 

⑤履歴書で嘘をつくことに疲れた

引きこもりアルアル、履歴書問題にぶちあたるw
ほんと、これ、どうにかならんか。

ろくに働きもせず、読み書きの練習に専念してるなんてアホかなのだ。
それが労働市場でいかに無価値であるか。
恥ずかしいってだけじゃない、まともに書けない読めないようなやつに、仕事なんて任せられないと思われやしないかと不安にも思う。
だから、正直に言う勇気がない。
(実は学習障害と気付いたのは4年ほど前で、そんなことは思いもしなかった。
とりあえず早く人並みになりたいとばかり思っていたし、目標はもっと上の方にあった。)

それで、色々嘘をつくわけだが、30歳までは作家になりたいなんて言っていた。
作家も読み書きに時間を使ってるから。
やってることのレベルが0と無限大ぐらいの差があるが、まるっきり嘘でもないし恰好もつくんで。

今は、歳相応に現実路線、農業ですと言っている。
うちには兼業農家で小さな畑がある(小さいといっても家庭菜園レベルではない)。
父親が定年退職してから、規模を広げて少し売ったりもするようにもなった。
それを、ときどき手伝っている。
この事実に嘘をまぜる。
「父親がまだ元気なんで僕はサポート役ですが、ちょっと今暇だし、ときどき外で働きたくもなるんで」と言って潜り込むのだ。
工場の軽作業なんかに農業従事者はなかなかウケがよいようだ。
僕は見た目、細くて体力がぜんぜんなさそうに見えるが、農家ですと言うと聞いてる人の表情が変る。
そういうことなら体力もあるだろうし、月に10万円ぐらいは貰ってるんだろうと、向こうは勝手に読み違えてくれる。
実際は、体力はなくはないが、労賃は一円ももらってない。

どっちも潜り込むにはよい手なのだが、自分を偽っていることがどうにも心の負担になる。
元来、器がちっちゃいのだ、僕というやつは。

それでも、こうするしかないので、だいぶんとやってきたのだが、またやるのかと思うとゲンナリする。

2018年5月10日 木曜日 でがらし