共同ブログ

投稿一覧:全て(575件)おいなり(526件)でがらし(49件)

交流する上で気を付けてること

ヨーロッパの女性と電話するアジアの女性

皆さんは、人と交流する上で気を付けてることはありますか?
私の場合は、あんまり真剣に物事を捉えず、物事をハッキリさせず、曖昧な状態を保ちながら、善悪ではなく好き嫌いを元にして、カメレオン的にその場に合わせるということです。
基本的に相手に合わせて、あんまり自分の我を出さない。「どっちでもいい」「どーでもいい」という感じで、やってます。
一つの物事に対する評価は、人によって違うから、自分が「これいいな」と思ったことでも、人は「これ良くないな」と思うこともあり、その逆もある。だから、あまり怒らない・言い争わないようにして、物事のいい面を見て、妥協したりします。
そして、みんなと仲良くしようとせず、相性の合わない人とは、距離を取り、あまり接点を持たないようにします。
みんなと仲良くすることなんて無理で、みんなと同じ考えでいたり、完全に自分を理解してもらうことなんて無理なんで、そんなことは期待しません。
皆さんの場合はどうですか?

2018年5月29日 火曜日 おいなり

家で試着、無料で返品

アマゾンの注文履歴に表示されているGT-1000 6-SWの27.0cm、27.5cm、28.0cm

アマゾンファッション」なら、自宅で試着・試し履きができ、返品も無料です。着払いで送れます。
私は最近利用し始め、靴を選んでいます。
画像の「GT-1000 6-SW」の27.0cm、27.5cm、28.0cmも全て試し履きして、全て返品しました。
街のお店だと店員さんや他のお客さんがいるので、緊張するし、ゆっくり選べないです。そんな私には、このサービスがピッタリです。

2018年5月28日 月曜日 おいなり

ディスレクシア(難読症)、僕の場合はこんなふう①

サイト「りたりこ」のキャプ画

僕は読み書きがちょっと苦手で、こじらせて引きこもっている。

20代後半~48歳の現在に至るまで、読んだり書いたりして過ごす日が多い。
家族からは異常な執着心と蔑まれ、自分でも45歳になるまで何で苦手なのか全然分からなかったが、ともかく粘ったおかげで今はだいぶとましになった。
この4年、特にこの1年の成果は目覚ましく、現在は人並み程度と言えると思う。

さて、この話になると、どんなふうに苦手なのか(だったのか)と、ときどき訊かれる。
いつも要領をえない説明になってしまうので書いてみた。
書いとけば、「詳しくはこちら」と、見てもらえるんで。

どんなふうに苦手だったのか

①音と文字の変換

20歳を越えても、一文字ずつきっちり読んでいかないと何が書いてあるのか理解できなかった。
多くの人は、心の中で声に出して読んでいるのだろうが、それに時間がかかった。
ごく短い商品名でさえ、一回読んでみて、もう一回読み直すことで、何が書いてあるのか理解していた。

20代後半、どれぐらいなら楽に読めるのか図書館で試したことがある。
10才ぐらいの子が読む絵本だった。
ページ数はせいぜい20ページほどのもの。

マンガを楽しめない。
吹き出しの文字でさえきっちり読まないといけないので、単行本一冊に2時間かかる。
意識が文字にいきがちで、絵を楽しむ余裕があまりない。
気晴らしにマンガでもではなく、マンガでさえそこそこ真剣に読まざるを得ない。

※現在はこの頃と比べると楽に読めるようになった。
スピードはまだまだと思っているが、疲れにくくなったことが大きい。

②背景と文字の区別

雑誌のようにグラフィックいっぱいの読み物が苦手。
きれいなので読みたくなるが、どうしても前に進みづらい、意味が入ってこない。
写真の上に文字をのせてあるだけでも、しんどく感じる、時間がかかる。
だから、よくこんなものを、みんな喜んで買うなと不思議に思っていた。

同じような理由で新聞が苦手だった。
新聞は紙面を効率よく使うため、複雑に段組みしてある。
文章はもとより、そこにストレスを感じていた。

ニュースサイトなら、個々のニュース記事はなんともなくても、PC版のトップページの複雑なレイアウトを見ると、ウッとのけ反ってしまう。
なんというか、生理的に受け付けない。

※ここ2年ぐらいで、何とも思わなくなった。
雑誌も新聞もふつうに読める。

③映像と文字の繋がり

頭の中にイメージがわくなんてことは、生まれてこの方一度もない。
だから、描写が多い小説は苦手。

※小説が苦手というぐらいのことだから、拘ってない。
イメージがわかない人は世の中に沢山いると思うし。

④縦書きと横書き

日によって、縦書きを難しく感じることあがあれば、横書きを難しく感じるときがあって安定しない。
たまにどう書かれていようが、なにを読んでも頭に入って来づらい。

※現在は安定している。

結果、こういう困難に陥りがちだった

文字を認識することに精力を取られ過ぎる

すぐに疲れる

読み切れない
意味や内容を把握しづらい
記憶に残りにくい

本から情報をえることが困難
学習意欲がわきにくい
成績が伸びない
時間がかかりすぎて、他のことに手が回らなくなる
みんなについていけない
知的好奇心を満たされず欲求不満

この流れを断ち切るために、気合を入れるのだが…。

がんばってやろう

続かない

なぜと、自分を責める

今度こそ、がんばってやろうと最初に戻る。

同じ失敗の繰り返し。
真面目に取り組もうとすればするほど、出来なくなるというジレンマ。
最低限、必要なところだけを読もうとか、やり方を変えようとするが、やっていくうちにそれでは済まなくなる。
効率よくやるには、ある程度の力が必要だから。

人によって出方が違う

おそらく僕は、字を読むことに困難がある障害をもっているようだ。

こういう障害のことを、英語でディスレクシア、日本語で難読症、識字障害、読字障害などと呼ぶ。
読むことができないと書くことも難しいことから、読み書き困難、読み書き障害と呼ばれることも多い。
学習障害の一種だ。

人によって症状が違うのだが、文字がゆがんだり、にじんだり、反転したり、そういった形の認識が難しい症状は僕にはまったくない。
このタイプの人は読むこと自体、全般的、部分的に出来なかったりする。

英語圏ではディスレクシアの発現率は10%から20%といわれているが、日本ではディスレクシア単独の調査がないので実態はよく分かってない。
「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国実態調査」(平成15年3月)の「知的発達に遅れはないものの学習面で著しい困難を示すと担任教師が回答した児童生徒の割合」(LDの割合)の4.5%に近いといわれている。

ちなみに、ディスレクシアと知能には関係がない。
ディスレクシアであれば知能が低いとか、高いとか、そういう相関関係や因果関係は見られないそうだ。

引用サイト

りたりこ発達ナビ 「ディスレクシア(読字障害・読み書き障害)とは?症状の特徴や生活での困りごとは?」(鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授 井上雅彦監修) 2016/6/3

障害者保健福祉研究情報システム「ディスレクシア(Dyslexia)」 2014/2/25

2018年5月25日 金曜日 でがらし

ほぼ日手帳で、意識高い系に見られたい

ほぼ日手帳のチェックのカバー

これ、ほぼ日手帳のカバー。
たぶん、5、6年前の。
カバーだけで3,000円、本体と合わせて5,000円近くした。
それでも標準モデルなんだけど。
万年金欠の自分にとっちゃ、とっても高い買い物だった。
無理してでも欲しかったのは気合いを入れたかったから。

それと…。
というか、こっちの方がメイン。

ほぼ日の商品って、いけてる人たちが使ってそうなイメージがある。
そのブランド力にあやかりたくて。
電車の中で取り出して、「あぁ、この人、意識高そう」なんて見られたかった。
楽だから。

ブブブブブブ、ダッセェ~(;´・ω・)
成功体験が少ないからそんな風に思うんだろうな。
我ながらすんごい惨め。
それに、いろいろ選べるのに、わざわざチェックにするところが、あれだし。

恥ずかしいのでいい訳したい。
服やカバンは、なるだけマークのないものを買っている。
値段に関わらず。
歩く広告塔になりたくないから。
それもデザインのうちっていうなら別だけど。

結局、ちゃんとつけてたのは一か月ほど。
毎日が日曜日で、だからといって出かける約束がいっぱいなんてことはないし、忘れちゃ困るような用事もそうそうない。
気合いで心が動くのは一時のことだし。
手帳なんて、めんどくさいのだ。

このカバー、使うこと、またあるんだろうか。
再利用できるから残してるけど。

【ほぼ日手帳とは】糸井重里氏が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」から生まれたスケジュール帳。
2002年版の発売から16年連続で右肩上がりに推移し、2017年版は66万部を売り上げた。
近年は海外からの注文が増加(エキサイトニュース)。

2018年5月21日 月曜日 でがらし

わかっちゃいるけどグズグズ。アラフィフ引きこもりがバイトしたくない理由

塞ぎこんでいる男性のイラストです。

読み書きがちょっと苦手。
なのに、なんにも才能ない、体力ない、コミュ障。
これじゃ社会で生きていけない、やりたいこともやれない、なんとかしたいと思い過ぎてこじらせた。
20年以上にわたり、寝込んだり、読み書きの練習をしたりする間に、ちょこちょこ働いてきたという感じ。
早いもので、48歳になってしまった。
今年の誕生日を迎えれば49歳になる。

さっさとガツンと働けばいいのに。
家族はそう思っているし、自分でもそう思うんだが、どうにも一歩を踏み出せないでいる。
なぜなのか、列記してみよう。

順番は関係ない。
そのときどきで、何が一番の気持ちになるか変わるんで。

 

①やりたいことに没頭したい

以前は、どれだけ時間を使ってでもいいから、速く読めるようになりたい、書きたいという気持ちだった。
いまは、せっかく楽に出来るようになってきたんだから、どんどん読みたい、書きたいという気持ちが強くなってきた。
どっちにしろ、バイトをしている時間がもったいなく感じてしょうがない。

単純な仕事でも、それなりに覚えなければならないことがある。
もうそれを想うだけで苦痛。

普段の僕は興味の対象が広く、わりあいやりたがりな所があるが、バイトに関しては180度違って消極的な気持ちにしかならない。
これではいけないと、ときどき駅などで配布されているアルバイト情報誌をもらってくるが、9割以上は一度もページをめくらずゴミにする。

この気持ちは、なかなか理解されないと思う。
以前ならまだしも、ある程度目標達成しているにもかかわらず、なぜと。
自分でも困っている。
この粘着気質が仕事に活かされれば都合がよいのだが、あいにくそうならない。
合理性よりも欲求が大きく勝ってしまっている。

どういう状態か例えるなら、転んだり打ったり擦りむいたり、痛い思いをしつつがんばった結果、やっと自転車に乗れるようになった子供と似ている。
乗れたからといってそれで終わりでもゴールでもない、そこからがスタート。
自由に乗り回せるようになると、自転車ほど手軽で便利で楽しい乗り物はないわけで。
いっぱい楽しみたいし、今までの分を取り返すべく乗りまくりたいのだ。
もう今すぐしたい、明日まで待てないってかんじ。

 

②不器用で、仕事で精一杯になってしまう

いやいや、そういうことは休日やアフターファイブにやれればよいのだ。
それが普通というか、当たり前じゃないか。
みんな、そうしてる……だよね。

でも、元来不器用で体力がない自分は、何をおいても仕事優先にしないともたず。
いくらやりたくても、やれる気力が残ってない。
少なくとも慣れるまでの半年、1年は我慢せねばならない。
これがどうも難しい。

つまり、バイトと読み書きはトレードオフの関係。
どちらかを優先すれば、どちらかが犠牲になる。
それで、だいたいの場合、読み書きのほうを優先してきた。

最近は、老いを感じるようになって、ますます半年、一年が耐え難く思われる。

いま僕が20代なら、人生において何一つ無駄なことはないと考えるのはありだ。
でも、48歳でもうそんなこと言ってられるのか。
43歳になった頃に急に白髪が出始めて、45歳になって老眼が始まった。
ずっと、5歳、10歳若く見られてきたので、それまであまり老いを意識することがなかったのだが。
元気にいつまでいられることやら。
このまま終わるのは無念だ。

 

③単純労働でプライドが許さない

自分がつけるような職は、いうちゃ~悪いが底辺労働しかない。
誰も自分のような、経験も技能もない50男を雇いたいとは思わないだろう。
キモイおっさん扱いだ。
労働市場における僕の価値はゼロに等しい。
最低時給で、決められたことを、もくもくとやるような軽作業にありつけるか、どうかのレベルだ。

それがどうにも億劫に感じる。
この後に及んで、この歳で、まだそんな幼稚な考えでいるとはアホとしか言いようがないのだが。

不本意ながら、生活のために、子供のために働いている人は幾らでもいる。
そういう人たちが、縁の下の力持ちになって社会を支えている。
なのに、、、ほんと、ちっちぇ~な、自分って思う。

とはいえ、結局は、受け入れて働かざるをえないので、嫌々ながらもいつも何か自分を納得させるような理由を見つけてきた。
ただ、そこまで辿り着くのがしんどいんだよな。

 

④職場の人間関係が怖い

これまで何度か職場の人間関係に悩んできた。
僕は、どうもいじめのターゲットにされやすく、ストレスに弱いのだろう。
正直、職場が怖い。
もう、あんな思いは二度としたくない。

辞めるときはホッとするが、それで一件落着とはいかない。
長い失意の日々が待っている。
最初は2週間たったら職探しを始めようと思っていても、1か月に延び、2か月に延び、そうこうしているうちに給料が底をつき、そうなると一刻も早く働かなくっちゃという重圧で逆に動けなくなってしまう。
そうやって、1年、2年がたってしまうのだ。

これでは、いったい何のために働くのやら分からない。
どんな仕事もしんどいだろうが、しんどいところがあるというのが通常であって、耐えられずに寝込んでしまうほどしんどいのはおかしい。

いや、そういう目に遭ってばかりというわけじゃない。
日雇いを含め、せいぜい四つとか五つとか、そんなもんだ。
確率的には半分以下だ。
でも、それがどうにもこうにも辛くて、いまだに思い出して怖くなったり、怒りを覚えたりする。
今度、そういう風にならずに済むには、どうすればいいんだろうと漠然とした不安が付きまとう。

最近、自分よりずっと年下の先輩や上司に顎で使われたり、デカい態度で責められるのは我慢ならんと強く思うようになった。
自分が歳をとったからなんだろうな。

①~⑤の中で、これだけは僕自身が変われてもどうにもならないかもしれない。
職場の人間関係で病む人は、引きこもり、ニートに限らず、いまどきの社会問題だ。

 

⑤履歴書で嘘をつくことに疲れた

引きこもりアルアル、履歴書問題にぶちあたるw
ほんと、これ、どうにかならんか。

ろくに働きもせず、読み書きの練習に専念してるなんてアホかなのだ。
それが労働市場でいかに無価値であるか。
恥ずかしいってだけじゃない、まともに書けない読めないようなやつに、仕事なんて任せられないと思われやしないかと不安にも思う。
だから、正直に言う勇気がない。
(実は学習障害と気付いたのは4年ほど前で、そんなことは思いもしなかった。
とりあえず早く人並みになりたいとばかり思っていたし、目標はもっと上の方にあった。)

それで、色々嘘をつくわけだが、30歳までは作家になりたいなんて言っていた。
作家も読み書きに時間を使ってるから。
やってることのレベルが0と無限大ぐらいの差があるが、まるっきり嘘でもないし恰好もつくんで。

今は、歳相応に現実路線、農業ですと言っている。
うちには兼業農家で小さな畑がある(小さいといっても家庭菜園レベルではない)。
父親が定年退職してから、規模を広げて少し売ったりもするようにもなった。
それを、ときどき手伝っている。
この事実に嘘をまぜる。
「父親がまだ元気なんで僕はサポート役ですが、ちょっと今暇だし、ときどき外で働きたくもなるんで」と言って潜り込むのだ。
工場の軽作業なんかに農業従事者はなかなかウケがよいようだ。
僕は見た目、細くて体力がぜんぜんなさそうに見えるが、農家ですと言うと聞いてる人の表情が変る。
そういうことなら体力もあるだろうし、月に10万円ぐらいは貰ってるんだろうと、向こうは勝手に読み違えてくれる。
実際は、体力はなくはないが、労賃は一円ももらってない。

どっちも潜り込むにはよい手なのだが、自分を偽っていることがどうにも心の負担になる。
元来、器がちっちゃいのだ、僕というやつは。

それでも、こうするしかないので、だいぶんとやってきたのだが、またやるのかと思うとゲンナリする。

2018年5月10日 木曜日 でがらし

アラフィフ引きこもりが這い上がるには、マーケット感覚でトライ&エラーしかない

人生のように入り組んだ迷路を、ゴールに向かって歩いている人のイラストです。

20代、30代は、大きな会社で海外相手に働ければとか、大学や会社で何かを研究する人になれればなんて思っていた。

 

僕にも出来るはず?

それは、学生時代の友達や卒業してから出会った友達を見ていて、やりようによっては可能に思えた。
彼らは、学歴的には自分と大して変わらないのに、人が羨むほどのキャリアップを果たしたからだ。
でも、僕にはどうしても無理だった。
読み書きが苦手なため、そこを克服しないことには先には進めなかったのだ。

 

20年もかかって

自分が学習障害と知ったのはつい3年半ほど前だ。
やっと人並み程度に読書を楽しめるようになってきたが、時すでに遅し。
ここまで来るのに20年以上もかかってしまった。
もう48歳だもんな、キャリアップとか、、、プッ、冗談にもほどがある(゚д゚)!

そこまでして拘ったのは、なんとしてもええ所に勤めたいと思っていたのもあるが、もっと根源的な欲求があった。
好奇心を満たしたい、書きたいことを書けるようになりたい。
それが無理な自分をどうしても、どうしても許せなかった。

 

自分を活かすには

もうとっくの前から、労働市場における僕の価値はゼロに等しい。
職歴なし、技能なしのアラフィフに誰が興味を持つことか。
せいぜい使い捨てのコマでしかない。
言われたことをきっちりやることだけを期待された、最低時給の取るに足りない男。

こういう状況で、どうにかして這い上がるには、なにか消費市場に支持されるものがあるかどうか、マーケット感覚をもてるかどうかだと思う。
会社という組織に評価されようと思っても無理だが、お客さんに評価されようと思うならまだ望みがあるから。
だって、お客さんはモノやサービスを、作った人の履歴書をじっくり見てから買うなんてことはないから。

それが役に立つとか、面白いとか、何かその人にとって便益があるかどうか。
価格が妥当かどうか。
ほとんどそれだけ。

インターネットで世界中の人と直接つながれる世の中なんだから。
誰かの何かの欲求を満たすことをシンプルに考えればいい。

こっちの方向ですら東大卒は看板になるだろうが、だからといって三流大卒でも高校中退でもすごく不利ってわけじゃない。
アラフィフ引きこもりという社会的に無価値と思われていることでさえ、ウリになるかもしれない。

 

誰に賛同してもらえなくても

僕に働けとハッパをかけたり、相談に乗ろうとしてくれる人に、この話をしてもなかなか伝わらない。
すごく現実的なことを言っているつもりなんだが。
これまで人並みに働くことすら出来ないできたお前が、そんな実力主義の変わった働き方で稼げるわけがないと思えてならないのだろう。

うちの両親に言おうものなら、話し始めた時点で、お前はアホかと呆れられるか、激怒されるかだ。
また夢みたいなことを言っていると。
そんなことよりも、何でもいいからさっさと働いて、これ以上は小遣いをせびらず、今まで貸した金を少しでも返せと言われるのがオチだ。

そりゃそうだな、やることなすこと鳴かず飛ばずできたんだから、信じろという方がどうかしている。
だから、反論しようとか、説得しようという気はない。

周囲に賛同してもらえなくても、トライアンドエラーで、めげずに腐らずに、繰り返し繰り返し試してみるしかない。
読み書きに拘ってきたときと同じだ。
そのうちいつか日の目を見ると信じて。
時間切れで孤独に死ぬより前までに。

2018年5月5日 土曜日 でがらし

無職ひきこもりでも、GWは気分が軽くなる。毎日が金曜日だったらな

「ゴールデンウィーク」という文字です。キラキラさせてゴールデンっぽくなっています。

ゴールデンウイークは気分が軽くなるもんだ。
それは、一年に一回の長期休暇を心待ちにしている、フルタイムの労働者だけじゃない。
ベテランひっきーの僕だってそうなんだ。

 

僕は囚人

こう鳴かず飛ばずだと、毎日が日曜日でも遊ぶ気にはなかなかなれない。
モンモンと一日を無為に過ごしているのは遊びじゃない。
そんなもの、いくら日数を重ねてもちっとも心が休まらない。

働く自由も、休む自由もない。
言うなれば、心の牢獄に入れられているような日々だ。

 

怒られてもしょうがない

なんてことを言ったら、長時間労働、キツイノルマ、不機嫌な職場の下にいる人たちに、この怠け者が!!と激怒されるかもしれない。
彼らからすれば、僕なんかほんとに腹立たしい存在だろう。

何ら言い返すことが出来ない。
彼らの日々の苦しみを想像すれば、あれこれ理屈を並べ立てて主張する気にはなれない。

僕と彼らではしんどさの種類が違うので、比べる意味がないと言えるが。
それでも、本当に偉いし、強いと思う。
対する自分は、まったく我ながらうんざり。
弱すぎる。

 

休日はウキウキ

普段の僕は、「僕は囚人」と「怒られてもしょうがない」を行ったり来たりしている。

どっちにしても、いい歳こいて無職でモンモンと過ごすのは物凄いストレスだ。
でも、世間が休日ムードに包まれると、そのことをあまり気にしなくて済む。

みんなも遊んでいるから、僕も多少は遊んでもいいやって素直に思える。
そればかりか、みんなが遊んでいるときだからこそ、何か生産的なことをしたくなる。

 

毎日が金曜だったら

GW、盆休み、年末年始はその最たるものだが、いつもの土日も同じような気分になる。
つまり、ウィークデーは気分が重く、ウィークエンドは軽くなる。
サービス業に従事している人が増えて、土日は出勤という人が多くなった世の中であるが、それでも土日=休みというイメージがあるので、こういうサイクルになっている。

いっそのこと、毎日が本当に日曜日だったらいいのになー。
そしたら、ずっとヒッキーでも、かなり楽なんだけど。
なんて、夢みたいなことを思ったりする。

それは無理でも、毎日が金曜日ぐらいだったら?
例えば、そんなに働かなくても食べていける社会とか、働からざるもの食うべからずという規範意識が薄い社会だといいんだけど。

う~ん、それでも日本に住んでちゃ無理だな。
僕が生きている間に、そんなことが実現するんだろうかって思う。

OECDの2018年のデータによると、日本の男性の有償労働時間(学習時間を含む)は、世界2位だ。
上にはメキシコしかいない。

元はExcelなんだけど、このサイトがグラフにしてくれている。
2014年ので1位になっている。

 

半人前以下

やっぱ、自分が変わるしかないのだろうか。
だったら、どんな風に?

好きこのんで、こんなに働いている人は、よっぽど仕事がうまくいっているような人ぐらいだろう。
これまでのことを思うと、自分がそんな特別な人になれるとは思えない。
かといって、強くなってバリバリ働けるとも思えない。

そうなると、現実的にはパートタイムで、やれる範囲でとなる。
でも、その半人前さにやる前から気持ちが萎える。
そう言いながら、それすらも出来ないでいるなんて、もう溜息しかでない。
ハハハ( ;∀;)

2018年5月3日 木曜日 でがらし

失敗談。自助会でウケない話し方

得意げに鼻高々で自慢をしている男性会社員のイラストです。

僕の失敗談。
安易に自慢話とエロばなをし過ぎて、疎外感を味わいました。
これから自助会デビューしようと思ってらっしゃる方に、少し参考になればと思います。

 

自慢話

誰だって人の自慢話なんて聞きたくないもんだ。
そう言われて、ハタと気付いた。

第一に、自助会というものは、自慢話も恥も両方あけっぴろげにするもんだろうと思い込んでいた。
別に誰かに教わったわけでもなく、何かのサイトを見たわけでもなく。
ただ単に、そういうもんだろうと解釈していた。

というのは、自助会に行くということは、今の状態を変えるヒントを求めに行くということで、それは参加者同士の情報交換によって成されるもので。
どうして自分にあることが出来て、あることが出来ないのかは、背景事情や経緯や考え方も含めていろいろ伝えないと意味のある情報にならないんじゃないかと。
言うなればサービス精神のつもりだった。

第二に、あまり見下されるのも嫌だなとも思っていた。
恥の方だけ言うと、そこだけ強調されていかにもダメダメに聞こえるではないか。
初対面でこいつ下だなと思われて、運悪くそのまま上下関係が出来てしまうのはごめんだと心配したのだ。
どうせなら上に立ちたいなと。
それで、自慢話を折り込むことが大事と思った。
これは、いじめられっ子だったことからくる過剰反応だった。

どっちも勘違い。
みんな、かんじのいい人と話したいのだ。
考えてみれば自分だってそうだ。
自助会では、恥を隠さず言えた人のほうが信頼できる。
そこに自慢話をくっつけるのは嫌らしく見える。

そもそも、どういう趣旨の自助会だって、モンモンとした日常からほんのちょっと脱け出すための息抜きに来てる人が大半だろう。
自慢話してるようなやつはいけすかんのだ。

もっとも、自慢話を聞きたい自分もいる。
人の特技や特殊な経験や成功体験は、本来面白くもあるはず。
だから、聞き手が素直に「へー、すごいね」と、思える話し方をすべきなのだ。

 

エロばな

僕は人と接するのが、なかなか苦手なコミュ障だから、どうすれば楽になるのか試してきた。
それで、ある時から意図的にエロを折り込むことにした。

なぜ、エロかというと、言いたいことが言えるようにするためだ。
エロいことは言いにくいが、笑えもする。
もし、僕がエロいことを言って人を笑わせられたら、エロ以外のホンネも言いやすくなる効果がある。

この方法が自分に合っていたのか、ずいぶんと助けられてきた。
次第に相手が初対面だろうが、女だろうが、あまり気にせず勢いで言うようになっていった。
(セクハラと間違われないように、お笑い芸人がテレビで言っているかんじを真似ている)

だが、自助会では通用しなかった。

第一に、ひきこもっている間に歳を取ってしまったから。
これが効きやすいのは30代半ばまでなのかもしれない。
僕の自助会デビューは40歳を越えていた。
当時、そこは、20、30代が圧倒的に多く、40歳以上は少数派だった。
自分を振り返ってみても、20代から見ると中年のエロ発言は単なるアホに映る。
コミュニケーションは相手あってのこと。
どう思われるかは重要で、いい歳してと思われればダメだ。

第二に、ひきこもりは、どちらかといえば真面目な人が多い。
僕の笑いのセンスが大したことないというのも相まって、笑ってもらえないし、興味も持ってもらえない。
こうなると単なるスケベおやじ、キモイと思われるだけ。

2018年5月2日 水曜日 でがらし

ひきこもりのお小遣い。個人的に絶対に外せないのは交通費と喫茶店代

空っぽのお財布を逆さまにして困った顔をしている、金欠の男性のイラストです。

親に小遣いをもらっている。
いるときに、少しずつというかんじで。
いい年したおっさんが、毎回まいかい、言いにくいんだけど。
大事なだいじな年金からせびるわけで、ほんとに情けないし、ほんとに申し訳ないって思うから。

何でそんなにいるの?

なんで、そんなにいるのだと言われるときがある。
それは自分でもそう思う。
でも、レシートをみつつ、よくよく考えると、やっぱりきっちり使っているのだ。
かなり切り詰めてやりくりしているんだけど。

交通費がけっこうな足かせ

一度、小遣い帳を付けてみたことがある。
もっと切り詰められないか、一番に何にかかっているのかといったことを考えるために。
それで分かったのが、僕にとって大きいのは交通費と交際費。
交通費は、関所で自動的にさっぴかれるような感じで、ぽーんと消えていく。
財布に5千円あっても、ちょっと都心まで出ると往復1,000円弱かかってしまう。
持ち金の2割近くがそれだけで消えてしまうんだから、たまったもんじゃない。
しかし、そのことに親は気づかない。
言ったところで、さほどの実感はない。
小遣いの額、交通手段、行動範囲が違うからだ。
ただ、これは理由として主張しやすいところがある。
伝わらなくても、反論のしようがないことだから。
※ここにメスを入れようと、10キロ、20キロ、走っていたときがある。
でも、あまりの不効率さに気持ちが萎えて、久しく走ってない。

喫茶店をもったいないと思うか、思わないか

主張しにくいのが交際費だ。
交際費といってもデート代というような意味ではない。
普通に喋ったりする場のコストだ。
うちのママンは、用が済んだらさっさと帰るようなメンタリティの人。
普段から、コーヒーにお金を払うなんてもったいないと言っている。
何でも高い、高いと言っており、喫茶店はその最たるものだ。
友だちと遊びに行くときでも、食事はいいが喫茶店はムダと思えてしょうがないらしい。
しかし、僕としては喫茶店代こそがとても重要なのだ。
だって、喫茶店以外でどこで話せばいいんだ?
公園か?そんなところで話しが弾むのか。
もし、雨が降ってたらどうするんだ。
食事は我慢できるが、ゆっくり話すのに、どうやって我慢しろというのだ。
だいたい相手がいることだし。
このへんは、話して分かるようなもんではない。
何に対して価値がある、もったいないと感じるか、心の財布の問題だから。

社会人はつらい

学生はいいなぁ。
だいたい、みんなお金もってないし。
使う額もしれてる。
大学生なら、キャンパスの中は物価が安いし、いくらでも喋る場所がある。
社会人になるとそういうわけにはいかない。
現実問題、喫茶店ぐらいしかないのだ。
だいたい、喫茶店代や食事代も払えないでは、まともに働いている人とは会えない。
それなら奥の手と、ずうずうしくもおごってくれとは根っからチキンの僕に言えるわけがないし。

これでデフレじゃなかったら

こういうご身分だから、つくづくデフレをありがたく思う。
まずはインフレにして、それから賃金を上げてという経済対策は、働いている人には有効でも、ひきこもりには迷惑な話だ。
インフレになって、なにかおこぼれにあずかれるならよいが、その可能性はとっても小さそうだからね。

こんなひきこもり支援があったらな

ひきこもり支援って、いろいろ聞くが、ひきこもりは状態であって、理由は個々人バラバラだ。
だから、ニーズもバラバラ。
だけど、なんとなく、ひきこもり=こんなかんじという先入観があるのか、支援と言われるものはそれほどバラエティーには富まない。
僕個人でいえば、人に会うコストを下げてもらえれば助かるのに。
すなわち、交通費と喫茶店代の支給。
もちろん、それが難しいのは分かってるし、僕だって言ってるだけで申請しようとはなかなか思えない。
それはそれで、激しい葛藤をともない、惨めな自分と向き合うことになるだろうから。

2018年5月1日 火曜日 でがらし

カフェjrのあとにモスが入った

モスバーガーの店舗、外観正面

以前、よく二次会してた、「イタリアントマト カフェジュニア 王寺駅店」のあとにモスバーガーが出店。

おぅおぉ、ついに!!

カフェジュニアの突然の閉店から、何か月たったでしょう。
もう半年ぐらいかな。
ほんと、急になくなってしまって。
すぐに次が入ると思ったら、なっかなか。
近鉄王寺駅の出入り口からすぐの好立地なのに。

これはもしかして県民性のせい?
と、思って喫茶店の普及率を調べてみれば、そんなことなくって。
全国的にみれば奈良県民は喫茶店好きです。
http://www.stat.go.jp/data/e-census/topics/pdf/topics95_2.pdf

と、すると、王寺という場所のせいかな。
王寺は遊んだりくつろいだりするところじゃないと思われてる?
それとも、名の知れたチェーン店に入ってもらいたくて、テナント料もけっこう高いのかもしれませんね。
隣が吉野家と、ヴィ・ド・フランスですし。

そのうち、モスで二次会するのもいいですね。

モスバーガーJR王寺店
3月23日新規オープンいたします。
3月23日~4月22日まで、9:00~22:00にて営業。
4月23日から、7:00~23:00で営業いたします。
※朝メニューも販売スタート!
※電話注文も販売スタートいたします。

2018年4月7日 土曜日 でがらし