共同ブログ

投稿一覧:全て(763件)おいなり(763件) 題名一覧:全て

感想を言うことと決めること

「決定」のハンコ

A「この店来たことあるんだよね?」
B「ありますよ」
A「どれがおいしい?」
B「人それぞれではないですか?」
A「前どれ食べたの?」
B「これですけど?」
A「それおいしい?」
B「だから好みは人それぞれですよね?」
A「どれがオススメとかある?」
B「好きなの選べばいいのではないですか?」
A「いろいろあるから迷うなあ」
B「いろいろありますね」

こういう会話って、Bさんが「私は前回これ食べておいしかったですよ。濃い味なんで、濃い味が好きなら選んでいいと思います」とか言えば、Aさんが選ぶのもすぐに済むんじゃない?
しかもそれは命令じゃなくて、単なる感想を言っただけだから、Aさんがそれを選んでおいしくなくてもBさんには責任がないし。
それに、Aさんは決めてほしいんじゃなくて、情報を欲しくて言ってるだけだから、相手を尊重して言わないとかじゃなくて、言えばいいんじゃない?
好みは人それぞれって当たり前で、そのうえで、選ぶ参考にするために聞いてるんだから、情報を言えばいい。

例えば、

A「この店来たことあるんだよね?」
B「ありますよ」
A「どれがおいしい?」
B「これが一番人気なんですけど、私は食べたことないです」
A「前どれ食べたの?」
B「これです」
A「それおいしい?」
B「おいしかったですよ。ソースとケチャップとマヨネーズが大量にかかってる濃い味付けなので、そういうの好きならおいしいと思いますよ」
A「そっかー、濃い味付けねえ。そこまで濃いの好きなわけじゃないからなあ。どれがオススメとかある?」
B「前回はその濃いの食べておいしかったんですが、まあ、普通の味覚の人にこの味付けは濃すぎるので、こっちのハーフアンドハーフってやつがいいですよ。味付けがそこまで濃くないし、2種類の味を楽しめるのでいいですよ。食べておいしかったですよ」
A「選ぶの時間かかりそうだから、それ試してみるわ!」

みたいな感じ。

「私はどれを選べばいいですか?」みたいな決定を委ねるような質問には「好きなの選んで」でいいけど、「どれがおいしいかな?」みたいな質問には「これおいしいですよ」みたいに答えたらいい。

ちなみに、決定を委ねるような質問っていうのは、

A「この店来たことあるんだよね?」
B「ありますよ」
A「どれ選べばいい?」
B「ハーフアンドハーフがおいしいですよ」
A「それ選べばいいの?」
B「好きなの選べばいいですよ」
A「どれがいいの?」
B「濃い味付け好きなら、これもいいですよ」
A「それでオッケーなの?」
B「私が選ぶのではないですから、オッケーとかはないですけど」
A「どれがオッケーなの?」
B「一番人気はこれです」
A「それでオッケーなの?」
B「いや、別にオッケーじゃなくて、単に一番人気ってだけなんで、まあ大半の人はおいしいって感じるんじゃないですか?」
A「それ選んだらいいんだよね?」
B「別に好きなの選んだらいいですよ」
A「振り出しに戻ってませんか?」
B「え、なんですか?」
A「話が最初に戻ってますよ」
B「私が決めるのではないから」
A「そんなこと言わないでくださいよ」
B「濃い味の好きな人はこれがいいとかはありますけど、別にオッケーとかはないですよ。Aさんはどんな味付けが好みなんですか?」
A「好みとかじゃなくて、どれがいいんですか?」
B「一番人気はこれですけど」
A「それ選べばいいんですよね?」
B「いいんじゃないですか?」
A「どうなんですか?」
B「いやだから、選べばいいんじゃないですか?」
A「いいんですね?」
B「知らないですって」
A「何がですか?」
B「どれを選べばいいとかって」
A「冷たいですね」

みたいなの。
こういうのは、冷たい・冷たくないじゃなくて、感想や情報は聞いた上で決めるのは自分だから。相手が「これがいいよ」って言って「それにしよう」って答えて決める場合も、決めるのは自分だから。相手が決めて自分はそれに従っているだけだから責任はないみたいな話ではない。それに食べ物を決めるだけで責任とかはないから。A「それ選べばいいんですよね?」B「いいんじゃないですか?」で、Aさんがそれに決めた場合も、決めたのはAさんだから。
Aさんにとっては強要されるレベルじゃないと、自分の責任回避ができないと思って、Bさんから「これにしろ!」って怒鳴られるまで決めないんだと思う。

B「これにしろ!」
A「そうですか。それにします」

なら、Aさんは「私はBさんから命令・強要されて選んだので、選んだ責任、味の責任、全ての責任は私にはないです。私は被害者です。私は悪くないです」みたいな考えになって、安心するんだと思う。
でも、これを選んだら善い・悪いとか、被害者・加害者とかはないと思う。好きなの選んだらいいし、迷うなら感想聞いて選べばいいし。

2022年2月13日 日曜日 おいなり

わざわざ「嫌い」と言わない

オネエ

好きか嫌いか聞かれた時は、「好き」と答えても「嫌い」と答えても良いけど、何も聞かれず単に「私納豆好きなんだ」と言ってる人がいた時は、わざわざ「私は嫌い」とは言わずに、「そうなんだ。大粒が好き? 小粒が好き?」とか聞くほうが良い。
ただ、嫌いな人が多い物なら、「げっ、マジで? ヤバいって」とか言われることもあるけど、それは否定っていうより、「ビックリした! 理由を少し教えて」みたいな意味。
嫌いな人が多くない物なら、「わざわざ『嫌い』って言わなくていいよ」っていう答えになる。

2021年12月27日 月曜日 おいなり

好き・嫌いと肯定・否定

BAD! GOOD!

例えば、「納豆好き?」という話になった時、
A「納豆好き?」
B「大好きだよ。」
C「嫌いだよ。少しも食べられない。」
この会話で、BさんはCさんの言葉で否定された訳ではない。
これで、
B「えっ? ダメなの?」
C「うん。大嫌いだなあ。」
という会話になった場合、Bさんのこの「ダメなの?」が、「Cさんは納豆が嫌いなんだね。珍しいね。」みたいな意味なら問題ないけど、「納豆好きな私はダメなの?」の意味なら問題ある。
A「納豆好き?」
B「大好きだよ。」
C「嫌いだよ。少しも食べられない。」
B「えっ? ダメなの?」
C「うん。大嫌いだなあ。」
B「なぜ?」
C「糸が気持ち悪いし、味もネチャネチャしてるから。」
B「私は好きだけど。」
C「そうなんだ。私は嫌いだよ。」
B「どうしてそういう事を言うの? 私は好きなんですよ。」
C「好きか嫌いかの話をしてるから、『私は嫌い』って言ったんだよ。」
B「納豆は良いでしょ。」
みたいな会話になれば混乱する。
Cさんは、納豆そのもの、納豆の価値を否定してるわけではない。Cさんにとって納豆は嫌いと言ってるだけ。Cさんは、Bさんが納豆好きなのを否定してるわけでもない。

2021年12月27日 月曜日 おいなり

キャラ立ちさせよう

自己分析

最近怖いニュースが多いけど、加害を防ぐには、自分をちゃんと意識し「自分」ってものを持てばいいと思った。
そのためには「キャラ立ち」が大事だと思った。
「自分はこんな人なんですよ」っていう特徴です。個性とか。
人間みんな、経済力の違いはあるけど、良いとかダメとかなく、みんな「普通」。
で、普通で個性豊かな人の集まりが社会。
その社会で生きる自分にはどんな個性があるか考える。
「これこれといえば、誰々さんだね」という感じで。
趣味とか特技とかあればそれが使えるし、明るい性格とか細かい性格とかも使える。
私の場合、特技面では、「パソコンに詳しくて、パソコンのマニアックなことまで知ってる。パソコンの修理をしてくれる。」とかです。
性格面では、「ひょうきんで、ヘラヘラしていて、素直。先輩・後輩関係なくいろいろ教えたり手伝ったりしてくれる。しょっちゅう物を配って、その物の凄さを力説してる。変態。子供っぽい。苦労してない感じ。」って感じです。
だから、この2つを組み合わせると、私のキャラは「子供っぽい変態パソコンオタク」になります。
誰でも長い時間作業してることが特技になります。
だから、誰でも特技はあります。
こうやって、特技+性格で「自分はこういう人です」っていうのを、短い言葉で決め、キャラ立ちさせて伝えたらいいと思う。
自己喪失、自己が無、他人が自分、自己幽体離脱は超危険。自分を意識して生きよう。

2021年12月22日 水曜日 おいなり

自己否定は一番ダメ

死神

自己否定は一番ダメです。
最近、物騒な怖いニュース多いですね。
「死のう」と思って、人を殺す事件。
私は、「どういうこと?」って思いました。
「死のう=自分を殺す」のはずなのに、「死のう=他人を殺す」になるのは恐怖。
なぜそうなるのか考えたら、「他人が自分になってるから」だと思いました。
自分で自分を「好きだな」と思えず、他人にどう思われてるか気になってるからだと思いました。
その他人の考えを消せば=その考えを持つ他人を殺せば、その他人に評価をされる・価値を判断される自分が消えると考えたんだと思う。
相手の中にしか自分は存在しないと思ってるんだと思う。相手の外には自分は存在しないと思ってるんだと思う。
人間は関係の中で生きる生き物だけど、そういう人は幽霊みたいな状態になってるんだと思う。
「『私はあなたの一部』だから、あなたを殺せばその一部である私は死ぬ。だからあなたを殺す。」という考えに達したんだと思う。
常に、「あなたは私のことをどう思う?」「私は良い人ですか?」「私は素晴らしいですか?」って気になり続けると起こると思った。
自分で自分を肯定する自己肯定や、ありのままの自分を受け入れる自己受容は、とても大事だと思った。
人を殺すのも自分を殺すのも、ダメダメ。尋常じゃないぐらい怖い。他人の評価をあんまり考えずナルシストになって酔ってれば大丈夫です。自己満足最高です。
とにかく、最近のニュースが超怖かった。ガクブル。

2021年12月22日 水曜日 おいなり

親戚が悪化

扉

親戚で、「犯人は韓国人」「中国人は信用できない」「工場の仕事なんか中国人がやる仕事」とか言ったり、店員や公務員の行動を「アカンやん、ダメやん」とか言ったり、コロナはどうでマスクはどうだとか言ったり、マスコミはどうだとか言ったりする、15年ほどひきこもってるヤバい人の症状が悪化してきました。

開き戸や引き戸を開けたり閉めたり、カーテンを開けたり閉めたり、ドアノブを上げたり下げたりするのを何度も繰り返すようになりました。

なぜこうなったか考えると、たぶん、「自己否定感が強く、自分への非難を恐れ、韓国人・中国人・店員・公務員にその非難を向けようとそういう発言ばかりすることによって、『自分である』という感覚がなくなるが、実際には抑圧してるだけでなくなっておらず、抑圧している『弱く不完全な自分』と、虚勢を張る『強く完全な自分』との乖離が生まれ、それがストレスになったから」だと思う。

僕が考えるひきこもりの4つの型の中の「生真面目型」だと思う。完璧主義で、「強い自分」と「弱い自分」、「完璧な自分」と「ダメな自分」の二極化で自分を評価するんだと思う。「完璧じゃないとダメだ」という意識が強いんだと思う。「プライド型」とも言えるかな。

そういう人は、根拠なく「自分は最高」とは思えず、人からの助言とかを「ダメ出しされた! 舐められた!」とか激昂する。「私のことを『完璧じゃない』って言うのか!」って思いからキレる。

「自分は最高」っていうのは、何の根拠もなく思うのが大事であって、人から少し短いダメ出しされても、「ハハハ」って適当に笑って流しとけばいい。「最高・強い・有能」と「最低・弱い・無能」の中間の「普通の自分」を意識すればいいと思う。

「普通の自分」を受け入れることができれば、自分の気持ちを話せるようになる。そうなれば、現実と折り合いをつけ妥協し進むことができる。

完璧主義をやめ、普通の自分を受け入れ、自分の気持ちを話す。これが大事。

2021年12月22日 水曜日 おいなり

「どうしたの?」に答える場合

どげんした?

欠席、遅刻、失敗、落胆して、他人から「どうしたの?」って聞かれた時に、答える方法。

A「久しぶり! この前どうしたの?」
B「何がですか?」
A「この前、休んでたね。何かあったの?」
B「あの日は、朝7時に起きて御飯作って食べて、うまく作れたんですが、食欲があまりなく、少しだけ食べました。それからコーヒーを飲み、お笑い芸人のXXのテレビ番組を見て、あっ、XXって知ってますか?」
A「知ってるけど。それでその日何かあったの?」
B「そうですか。それから頼んでいたXX社のスマートフォンがXX宅急便で届いて開封をしてると昼になったので、昼ごはんを、冷蔵庫残っていた卵を鶏肉を使って、親子丼を作って食べたんですが、味付けが濃すぎて少し残しました。」
A「うん。」
B「それから散歩に出掛けてスーパーXXに寄って広告に載っていたXXを買って帰りました。」
A「何が原因で休んだの?」
B「それからのことなんですが。」
A「うん。」
B「それから家に帰ると親戚が来ていて、連絡がなく突然だったので、驚きました。お土産のXXをもらい開封し、お茶を用意し、一緒に食べたのですが、一緒に来た親戚の小学3年生のXXが騒ぎ出して大変でした。」
A「長いって!」
B「まだ途中なのですが。」
ってなる。

「欠席してたけど、どうしたの? その日何かあったの?」って聞かれた場合、その日の一日丸ごと最初から説明するのではなくて、欠席した直接の理由を答えたらいい。その日一日のことを丸ごと聞いて相手が想像しても相手は苦痛なだけ。スーパーの名前とか商品名とか作った料理名とか親戚の小学生の名前とか不要。固有名詞は要らない。

最初から最後まで全て説明しようとせず、固有名詞を使わず、直接の理由を答えたらいい。

2021年12月19日 日曜日 おいなり

「最近どう?」に答えるには

面接

「最近どう?」に答える場合、小さな部分は省いて大まかな、だいたいのことを答えればいい。
「最近どう?」って質問に対して、「最近何してるか」を答える場合、

A「最近どう?」
B「昨日は、朝からゆっくりして昼からはパソコンして夕方からは病院に行って、早く寝た。」
って答えた場合、それは「昨日だけでしょ?」ってなる。
「最近」の範囲を、忙しい人はここ1週間、たまに会う人にならここ半年、久しぶりに会う人にならここ1年という感じで、分けて答えたらいい。

それから、「最近どう?」は「あなたの」ことを聞いてるから、他人や社会のことは答えてはいけない。だから、「最近どう?」は「あなたの最近どう?」の意味。

A「最近どう?」
B「最近総理大臣変わったよね」
A「それであなたの生活が激変したの?」
B「大変だよね。」
A「総理大臣変わって何かあったの?」
B「ニュース見てないの?」
っていうのは、自分のことを答えてない。自分のことを答えよう。

「最近どう?」には、自分のある1日ではなく、自分のある程度の期間のことを細かい部分を省いて、答えよう。

2021年12月19日 日曜日 おいなり

「私どう?」には答えてはいけない

死神に追いかけられる人

「最近どう?」は聞いて答えて交流が始まるけど、「私どう?」は聞いてはいけないし答えてもいけない。
「私どう?」の意味が、「私の仕事の作業の出来はどう?」の意味ならいいけど、「私はいい人なのかどう?」の意味の場合、聞いても答えてもいけない。
求められた場合、人の行動についての判定はしてもいいけど、人の価値についての判定はしないほうがいい。
聞いても答えても地獄行き。

2021年12月18日 土曜日 おいなり

「最近どう?」には答えよう

どうよ?

「最近どう?」って質問には答えたほうが良い。
体調なのか、お金なのか、仕事なのか、特定せずに漠然と「どう?」って聞いてるのは、「答えたいことを答えて」という意味。
相手は、こちらの答えたことは、「話せることなんだ」と思い、その話題で少し話そうとする。

A「最近どう?」
B「家でパソコンばっかりしてるよ。」
A「だいたい家で過ごしてるんだね。」
B「まあね。寒いから家が良いわ。」
A「時期的にもそうだね。」
って感じ。

仕事のことを聞きたくても、「最近仕事どう?」って聞いたらブチ切れるかもしれない相手の場合にも、「仕事」を抜いて「最近どう?」って聞く。もし「仕事」を入れると、

A「最近仕事どう?」
B「仕事してないの知ってますよね?」
A「もう始めたと思ってた。」
B「始めてないのはいけないですか?」
A「そういうんじゃないよ。」
B「じゃあ、どういうのですか?」
A「ごめんごめん。」
って感じで面倒くさくなるかもしれないので、それを防ぐためにも「仕事」を抜いて、「最近どう?」を使う。もし相手がそういう警戒をして「最近どう?」って聞いてると思ったら、こちらがたくさん答えたら良い。

A「最近どう?」
B「家でパソコンばっかりしてるよ。寒いしさ。お金は大丈夫で、仕事もまだ探してない。体調は良いよ。体調は良いけど、今は家で楽しむの頑張ってるよ。仕事はそのうち頑張るつもり。」
って答えたら、相手は、「あ、仕事関係を聞いても大丈夫なんだな。他のことも聞いても良いみたいだな。」と思って、いろいろ話そうとする。

「最近どう?」は挨拶みたいなものだし、「答えたいことを答えてその話を少し話そう」という意味だし、「あなたはどの分野を話せるの?」という意味。自己開示みたいなことだから、交流のきっかけとして答えたほうが良い。

2021年12月18日 土曜日 おいなり